心理学 事始め ②

執筆者:鷲見成正(元心理学科教員・慶應義塾大学名誉教授)
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図1 ルビンの杯

 ここで観察を試みてみます。今前方を見たままで鼻先に人差し指かボールペンを1本立ててみてください。像が2つ現れます。そこで片目ずつ交互に閉じたり開けたりしてみると、一個の像が左右に動いて見えます。仮現運動といわれるこの運動現象は実際には存在しないので、分析によって感覚要素を取り出すことはできません。

 このようなよくいわれる「錯覚」現象を体験可能な意識内容として取り扱おうとすると、発想の転換が必要になります。それまで心の世界は外の世界の変化(刺激)に随伴する反応と定められていましたが、逆に心の世界が主体でそれを支えるのが外界と考えるコペルニクス的転回が必要となるのです。

 この思想の展開でよく引用されるのが図1の「ルビンの杯」図で、実際に存在しない「杯」のほうが実際に存在する「男女二人の横顔」よりも優位に知覚されます。ここでは、心の内界と外界の結び付きを考えるよりも、目の前にある物がどうしてそこにあると見るのかを考えるほうが重要なのです。さらに大事なことは、横顔の黒領域と間隙の白領域を分ける境界線と形を縁どる輪郭線との関係です。図では境界線が白領域側に付着して輪郭線として働くために、黒領域が輪郭線を失い不完全な領域となります。この不完全を解消するために黒領域は白領域の裏側を通ってまとまり背景の役割を果たすことになるのです。この「まとまり」へと導く働きは、外部から与えられるのではなく心の世界独自のものであって、物のかたち(形態、ゲシュタルト:Gestalt)を作り上げる原動力として考えたのが「形態(ゲシュタルト)心理学」とよばれる立場(学派)でした。

 心は多様体であり、それを対象とする心理学もまた多様な学問です。ここでは考え方が異なる二つ立場について述べましたが、他にも別の立場の心理学が多数存在することを知っておいていただきたいと思います。

参考文献

梅本堯夫・大山正(編著)心理學史への招待 (1994) サイエンス社

大山正・鷲見成正(2017)見てわかる視覚心理学 新曜社(DVD添付)

末永俊郎(監修) 鹿取広人・鳥居修晃(編集)(2005)心理学群像1・2 アカデミア出版

高橋澪子(1990)心の科学史~西洋心理学の源流と実験心理学の誕生~ 東北大学出版会

三浦佳世・河原純一郎(2019)美しさと魅力の心理 ミネルヴァ書房