なぜ坂は急に見えるのか? ①

執筆者:竹内龍人
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ミュラー・リヤー錯視

 公認心理師の受験資格に必要な指定科目でもある「知覚・認知心理学」では、人間が物や環境を認識するしくみについて学びます。その中には、錯視(visual illusion)というトピックがあります[1][2]。錯視とは、目にしている物がその物理的な実体とは異なるように見える(知覚される)心理的現象のことです。たとえ正解を知っていたとしても、それは見え方には反映されません。「ミュラー・リヤー錯視」と呼ばれる錯視をご存知でしょうか?この錯視では、2本の赤い線分は実際には同じ長さだという知識を持っていたとしても、違って見えますね。この図形を見慣れた専門家でも、やはり下の赤い線の方が長く見えます。

 日常においてもいろいろな錯視が起こりえます。このコラムでは「坂が急に見える錯視」を紹介しましょう。まずは自分の経験からお話しします。私は小学生の時にスキーを始めました。すこし上達すると、もっと難しいコースに挑戦したくなりますよね。緊張しつつも中・上級コースのスタート地点に初めて立った時のこと。そのコースの斜度はまるで直角のように見え、足がすくみました。しかし後でパンフレットを見ると、そのコースの斜度は15度と書いてあり、とても驚いた記憶があります。その斜面の見え方と、15度という分度器上では小さい角度との間に感じるギャップが理解できなかったのです。

 

ケーブルカー
宮ヶ瀬ダムインクライン(ケーブルカー)

 上の写真は、神奈川県にある宮ヶ瀬ダム(神奈川県立あいかわ公園)の頂上から最下部に降りていく、インクラインというケーブルカーからみられる風景です[3]。直角に切り立ったコンクリートの崖をまっすぐに降りていくように感じられ、とても迫力があります。実際の斜度は車内放送やパンフレットで知ることができるのですが、この写真からは何度くらいに見えますか?正解は35度です。このケーブルカーに乗車した人たちは、三角定規の30度角を思い出し、「え?こんなに急に感じるのに、角度としては意外に小さいんだ・・・」などと思うこともあるようです。

 このように、雪山の斜面もダムの斜面も、実際よりは急に見えることがあります。スキーやケーブルカーなど下り方向の例を説明してきましたが、上り坂でも同様の錯視が生じるのです。夏の暑い日に汗をかきながら坂道を歩いて登っていくとしましょう。目の前の坂は限りなく急に見えることがありますが、これも錯視です。実際の坂の角度は意外なほど小さいかもしれません。

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[1]だまし絵〜心理の迷宮を楽しむ本(竹内龍人、河出書房)

[2]だまし絵でわかる脳のしくみ(竹内龍人、誠文堂新光社)

[3]宮ヶ瀬ダムインクライン