なぜ坂は急に見えるのか? ②

執筆者:竹内龍人
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 心理学コラム「なぜ坂は急に見えるのか? ①」で紹介した坂の斜度の過大視は、日常で感じられる錯視の一例です。坂の斜度の錯視についてこれまでに分かっている点をまとめてみましょう。まず、この錯視は上り坂であっても下り坂であっても同じように生じます。その錯視量はとても大きく、傾きが5度の坂はだいたい20度に見えます。こうした錯視の量は観察距離に依存します。20度の上り坂は、遠くから見ると40度程度に、近くによっても30度程度に見えます。下り坂の場合も同様に、遠くから見た方が急に見えます。

 この錯覚は傾斜に慣れると消えるのでしょうか?熟練したスキーヤーや登山家、あるいは道路の設計にかかわるエンジニアなど、実際の傾斜の数値に関わる頻度が高い人たちは、斜度をより正確に判断できるようになります。しかしながら、そうした判断は「今は20度に見えるから、実際は5度なのだろう」といった推論に基づいているものであり、知覚的には実際よりも傾いて見えるという錯視が生じ続けているそうです[1][2]。斜度の錯視は脳における視覚情報処理の結果であり、経験でそれをなくすことは難しいのです。

 なぜ斜度の錯視が生じるのでしょうか?今のところ、先に説明した現象を全て説明できる理論はありません。しかし、この錯視の存在意義については考察が進められています[2]。そのキーワードは「重力」。物体は重力により下方向へ引っ張られるため、地球上では、物体の縦方向(垂直方向)への変動には制限があります。簡単に言えば、重力があるから山は無限に高くはなりえない、ということです。縦方向の長さの絶対的なスケールが重力により小さくなっているとすれば、不利なことが一つあります。それは、二つの斜度の違いを見きわめるのが難しくなる、ということです。小さい物同士の違いは分かりにくいからですね。こうした分かりにくさを避けるために、私たちの脳は、縦方向の長さをあえて伸張して知覚している、つまり実際より長めに認識している可能性があります [2]。そうすれば、二つの坂のどちらがより急かを見極める精度が高まるからです。

 錯視は、ある機能を犠牲にした上で別の機能を高めるような脳の働きを反映している場合もあります。斜面が急に見えるとき、私たちの脳はだまされているばかりではないのかもしれません。

参考文献

 [1] Li, Z. & Durgin, F. H. (2010) Perceived slant of binocularly viewed large-scale surfaces: A common model from explicit and implicit measures. Journal of Vision, 10(14):13, 1-16.

[2] Durgin, F. H. & Li, Z. (2017) Why do hills look so steep? In Shapiro, A. G. & Todorovic, D (Eds.), The Oxford Compendium of Visual Illusion (Chapter 16), Oxford University Press.