信用できる研究成果を生むために:心理学と再現可能性の問題

執筆者:石井 辰典( 教員ページへ
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皆さんは、「再現可能性」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これは、何かの現象が発見された時、その発見者以外の人でも同じ現象が確認できること、つまり現象が再現できることを指す言葉で、科学の研究において非常に重要な性質です。

  • なおより正確に言うなら、再現可能性(replicability)は先行研究と同じ方法を用いて新たに取得したデータで同じ結果が再現できることを指します。似た言葉に再生可能性(reproducibility)がありますが、こちらは先行研究と同じ方法・同じデータを使って、同じ結果が再現されることを指します。

 私たちの生活は物理学や生物学、化学といった自然科学の研究に支えられている部分が非常に大きいですが(車が走るのも、パソコンで様々な作業ができるのも、あるいは薬で体調不良が直せるのも、科学研究のおかげです)、もしこの再現可能性がなければ、科学研究の成果を私たちの社会に活かすことは難しくなってしまうでしょう。ある研究者が「この新薬が今年のインフルエンザ症状に効く」と主張しても、他の研究者たちがその効果を確認できなかったとしたら、誰もその薬を全国の人々に届けようとは思わないでしょう。このように、ある研究成果が再現可能性を持つということは、その研究成果の信用を担保することになるわけです。

 ところが、すべての科学研究の成果が再現可能性を持つわけではないことが、かねてから指摘されていました。ここには様々な要因が関わるので、理由は簡単には説明できません。例えば1つには、研究成果は偶然であったにもかかわらず、それを確認しなかったというケースがあります。またより深刻な問題として、研究成果は研究者の名誉や研究資金の獲得といった「利得」と関わることがあり、たとえ研究成果に再現可能性が確認できなくても、「素晴らしい発見をした!」と発表したくなる誘因が研究業界には存在します。

 実はこうした再現可能性の問題は、対岸の火事ではありません。私たちが学んでいる心理学においても、研究知見の再現可能性が低いという問題が指摘されています。というよりもむしろ、再現可能性の問題が広く研究者コミュニティに知れ渡ったのは、心理学が発端だったと言っても過言ではありません。例えば2011年には著名な社会心理学者であるベム(Bem, D. J.)が「超能力がある」と主張するかのような論文を出版したり、2012年にはやはり有名な社会心理学者であったスタペル(Stapel, D.)の多くの研究成果が捏造であったことが明らかになったりしました。また2015年には、最も多くの読者を持つ科学雑誌の1つであるScienceにて、認知心理学や社会心理学研究の成果の再現可能性は36%程度であるという推定値(100の研究中67は偽の結果と疑われる)が発表されるなどしました(Open Science Collaboration, 2015)。

 こうした問題を受けて心理学者たちは、心理学研究の成果の再現可能性と、その信用を高めるような取り組みを続けています。例えば、研究成果を支えるデータや分析コードなどを公開したり(オープンサイエンスの取り組み)、研究成果と研究者の利得が直接結びつかないようにする構造改革を実施したり(例えば、「これは効果がなかった」といった発見、研究の失敗も正しく評価する制度作り)、あるいは心理学研究の再現性を評価するプロジェクトを世界の研究者が共同で行うなどをしています。

 今年2025年で、再現性問題が注目を集めるようになって約15年。こうした取り組みがどれほどの成功しているのかは簡単には評価できません。しかし数十年後の社会の人々が科学研究の成果を無条件で信用できるよう、取り組みを続けていく必要があります。

 なお心理学における再現可能性の問題については、日本心理学会が刊行する『心理学ワールド 』の68号(特集:その心理学信じていいですか?)』や、国内の有数の心理学雑誌である『心理学評論』の59 1号(特集:心理学の再現可能性)に詳しく書いてあります。どちらもWeb上でフリーで読めるので是非目を通してみてください。

・Open Science Collaboration. (2015). Estimating the reproducibility of psychological science. Science, 349(6251), aac4716. https://doi.org/10.1126/science.aac4716

・心理学ワールド 68号「【特集】その心理学信じていいですか?」 2015年  https://psych.or.jp/publication/world068/

・心理学評論 59号1巻「特集: 心理学の再現可能性」 2016年 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/sjpr/59/1/_contents/-char/ja