目は耳ほどに声を聞く?ー母語によっても異なります
相手の話を聞いているときに私たちが使うのは聴覚だけではありません。相手の唇の動きを目で見て読みとり、それをことばの理解につなげています。視覚的に入力される口の動き情報は、成人の音の聞き取りに影響を与えます。例えば、目で見る口の動きと実際に提示される音声が異なると、知覚が変化することがよく知られています(マガーク効果:NTTコミュニケーション科学基礎研究所提供「イリュージョンフォーラム」)。
ただし、口の動きが音の聞き取りにどの程度影響するかは、聞き手の母語によって異なります。日本語を母語とする大人は視覚的な口の動きに影響されにくいことが繰り返し示されています。こうした違いの背景には、/v/と/b/のように視覚的にわかりやすい音の区別がある言語に比べ、子音や母音の種類が相対的に少なく口の動きから区別できる音があまりない、といった日本語ならではの特徴があるのではないかと指摘されています(総説として[1])。
さらに、こうした母語による違いは乳児期から存在するようです。英語圏の赤ちゃんたちは生後10か月ごろに話者の口の動きに強く注目する時期が訪れます[2]。一方で、私が共同研究者と行った研究では、日本語で育つ赤ちゃんを3歳ごろまで調査しても、はっきりとした口への注目が見られる時期はありませんでした[3] 。同じ研究では、日本語を母語とする2~3 歳児では話せることばの種類が多い子ほど目をよく見ていて、これも英語圏の子どもたち[4]とは異なる結果となりました。他にも、英語圏の赤ちゃんでは、生後2か月から母音/i/の音と口の動きを対応付けることができますが[5]、日本語の赤ちゃんでこのような対応が見られるのは生後8か月以降という報告があります[6]。
口の動きと音のマッチング以外にも、言語を含めた発達のさまざまな側面において、その子の育つ文化や母語に固有の過程や特徴が見出されています。一方で、ひと昔前の乳幼児研究は欧米を中心に行われていたために、欧米の乳児で得られた結果があたかもどの国の乳児にも当てはまる普遍的な現象であるかのように語られることがありました。限られた言語や文化圏の対象者で得られたデータを過剰に一般化することは発達心理学だけではなく、心理学全体に共通した問題です[7]。こうした問題意識の高まりを受けて、最近では欧米で得られた結果を安易に一般化しないこと、幅広いフィールドでのデータ取得を推進するための取り組みが行われています。
[1] Sekiyama, K. (2020). Influence of language backgrounds on audiovisual speech perception across the lifespan. Acoustical Science and Technology, 41(1), 37-38.
[2] Lewkowicz, D. J., & Hansen-Tift, A. M. (2012). Infants deploy selective attention to the mouth of a talking face when learning speech. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(5), 1431-1436.
[3] Sekiyama, K., Hisanaga, S., & Mugitani, R. (2021). Selective attention to the mouth of a talker in Japanese-learning infants and toddlers. Cortex, 140, 145-156.
[4] Morin-Lessard, E., Poulin-Dubois, D., Segalowitz, N., & Byers-Heinlein, K. (2019). Selective attention to the mouth of talking faces in monolinguals and bilinguals aged 5 Months to 5 years. Developmental Psychology, 55(8), 1640-1655.
[5] Patterson, M. L., & Werker, J. F. (2003). Two-month-old infants match phonetic information in lips and voice. Developmental Science, 6(2), 191-196.
[6] 麦谷綾子, 小林哲生, 石塚健太郎, 天野成昭, & 開一夫. (2006). 日本語学習乳児の音声口形マッチングの発達に関する母音/i/を用いた検討. 音声研究, 10(1), 96-108.
[7] Heine, S. (2018). 心理学における多様性への挑戦: WEIRD 研究の示唆と改善. 認知心理学研究, 15(2), 63-71.