完璧主義は良いとか・悪いとか
あなたはものごとに「完璧」を求めるほうでしょうか、そうではないでしょうか。完璧や完全を求め、失敗や不完全を避けようとする傾向は「完全主義(perfectionism)」と呼ばれ、心理学の中でも長く研究されてきました(1)。(なお心理学の中では「完全主義」という用語が主に使われます。本コラムでは日常語の「完璧主義」と同じ意味として扱っています。)
そして完全主義の研究の中でも、ずっと議論されてきたのは、「完全主義は良いものなのか・悪いものなのか」という問題です。実際のところ、質の高い仕事をする上で、完全主義は役に立つのかもしれません。一方で、完全を求めるあまり、自分を追い詰めて辛くなる人も多いようです。完全主義が良いのか悪いのか、という議論は、私たちの生き方を考える上でも重要なテーマです。
これまでの心理学の研究の中では、完全主義を数値として測定する尺度(自己記入式の質問紙)が多数開発されてきました。その際、完全主義をすべて「ひとくくり」にするのではなく、完全主義をいくつかの種類や次元に分けてとらえる、という試みがなされてきました。
例えば、完全主義の研究で有名なPaul Hewittは、
・自己志向的完全主義:自分が自分に対して完全さを求める傾向
・他者志向的完全主義:自分が他者に対して完全さを求める傾向
・社会規定的完全主義:他者が自分に対して完全を求めていると考える傾向
という3つの次元を提案しています(2)。
こうやって見てみると、ひとことで「完璧を求める」と言っても、いろいろな形があることがわかります。またそれらを分けて測定することで、「どれが良い影響を持っていて、どれが悪い影響を持っているのか」、調べることもできます。
例えば、「心の健康」に焦点を当てたその後の調査からわかってきたことは、1つ目・2つ目の自己志向的・他者志向的完全主義は、心の問題とはそれほど関連しないということ、そして3つ目の社会規定的完全主義が、様々な心の問題と関連が深い、ということでした。
単に自分や他者に完璧を求めること自体は、本人にはそれほど害はないようです。一方で、“他者から完璧な自分を期待されている”という社会的プレッシャーを本人が感じていると、それはうつや不安などの辛い体験につながりやすいようです。またその影響は心の健康のみならず、身体の健康、人間関係の良好さ、成績や業績など、さまざまな面に及ぶこともあるようです(3)。
またこの社会規定的完全主義は、“人前では完璧を演じる”、“人に弱みを見せられない”といった対人関係の持ち方にもつながりやすく(完全主義的自己呈示と呼ばれます)、それがかえって個人を孤立させたり、他者からのサポートを受けにくくしたりする、ということも起こります。“完璧にふるまうことで、他者に迷惑をかけずに、人間関係をうまくやろう”という思いが背景にあったとしても、それが結局は本人の孤立や孤独を深めてしまうという「逆効果」が生じることがあるようです。
なお、自分自身に完璧を求める自己志向的な完全主義は、心の健康の良好さや、学業の成績の良さと関連する、という報告も、あるようです(3,4)。では自己志向的完全主義は「良い完全主義」なのかというと、そう単純でもありません。「私は完璧でなければならない」という自己志向的な「考え」を日常生活の中でたくさんしていると、抑うつなどの苦痛状態に陥りやすい、という報告もあります。つまり、「自分に完璧を求めよう」という大まかな傾向としては「良い」かもしれないけれど、「自分は完璧でなければ」という考えが毎日頭の中に浮かんでいるようだと、何だか気分は落ち込んでしまうし、心の健康にも良くない、ということでしょう。自分に完璧を求めることも「良し・悪し」のようです。
自分自身の、もしくは自分の身近な人の完全主義が、「良いのか・悪いのか」については、上記の知見を参考にしつつも、一人ひとりの中で納得のいく「答え」を探っていただければと思います。
ちなみに、ここで触れた研究は、膨大な研究のほんの一部です。ここで書いたことと全く逆のことを主張している研究もあります。また、ここで書かれていることは統計的・平均的な傾向です。一人ひとりの人間のありようを説明しきるものではありません。学生のみなさんにおいては、ぜひご自身でも論文や書籍を調べて、自分なりの「答え」を探ってみてください。
(1)櫻井茂男 (2019). 完璧を求める心理――自分や相手がラクになる対処法 金子書房
(2)Hewitt, P. L., & Flett, G. L. (1991). Perfectionism in the self and social contexts: Conceptualization, assessment, and association with psychopathology. Journal of Personality and Social Psychology, 60(3), 456–470. https://doi.org/10.1037/0022-3514.60.3.456
(3)Flett, G. L., Hewitt, P. L., Nepon, T., Sherry, S. B., & Smith, M. (2022). The destructiveness and public health significance of socially prescribed perfectionism: A review, analysis, and conceptual extension. Clinical Psychology Review, 93, 102130. https://doi.org/10.1016/j.cpr.2022.102130
(4)Madigan, D. J. (2019). A Meta-Analysis of Perfectionism and Academic Achievement. Educational Psychology Review, 31(4), 967–989. https://doi.org/10.1007/s10648-019-09484-2