Why War?

執筆者:堀江 桂吾( 教員ページへ
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202411日に発生した能登半島地震とその余震によって、各地に甚大な被害が出ています。その後も飛行機事故や火災など、胸を痛めるニュースが続いています。このブログを読んで下さっている皆さんのなかにも、御自身が、あるいはお身内の方や大事な方が被害に遭われた方がいらっしゃるかもしれません。皆様の安全と、一刻も早く平穏な生活に戻られますことを心よりお祈り申し上げます。

大きなニュースが続くと、その前に起きたこと、そして実は今も変わらず続いていることのインパクトが薄れてしまいます。今回は、今も続いている戦争についてのコラムです。

2022224日、ロシア軍がウクライナに侵攻しました。そして2023107日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが、イスラエル領内に数千発のロケット弾を撃ち込み、イスラエルは激しい報復を行っています。21世紀は戦争と感染症、そして地球温暖化という災厄に見舞われた世紀と言わざるをえません。

ただし、振り返れば、第二次世界大戦以降、朝鮮半島やベトナム、アフガニスタン、イラク、シリアで戦争は絶え間なく続いてきました。私たち人類はどうして戦争をせずにいられないのでしょうか?

実は,これと全く同じ問いかけを、物理学者のアインシュタインが精神分析の創始者フロイトに向けて行っています。1932年、アインシュタインは、第一次世界大戦を経て生まれたばかりの国際連盟から、「今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄について、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」という依頼を受けました。彼が同じユダヤ人であるフロイトを指名したことで、『ひとはなぜ戦争をするのか』という有名な往復書簡が生まれたのです。

フロイトは、リビドー(性的な欲動)によって精神病理を含めた人の心の動きを説明することを自らのオリジナリティと自負していましたが、1920年の『快原理の彼岸』(Freud, 1920/2006)以降、リビドーを含み生命の継続に向かう「生の欲動」と、生命なき状態に向かう「死の欲動」という、二大欲動説を採用します。アインシュタインに対する返答にも、戦争において人は自己破壊的な衝動である「死の欲動」を外部の対象に向けている、という説明を行っています。

一方でフロイトは、人と人が利害の対立を解決する上で暴力に訴えること自体は自然な営みであると述べます。むしろ、共同体が平和を保つためにそうした破壊的な衝動を抑え込んでいるのであって、戦争を防ぐためには、文化の発展を促し「体と心の奥底からわき上がってくる」戦争に対する憤りをより強固にするしかない、という主張で書簡を締めくくっています。

フロイトの主張は、あまりにもナイーブに聞こえるかもしれません。しかし、戦争に身をさらすことが人の心をむしばむことは、様々な映画や文学作品(敢えて一例をあげるなら,Vonnegut, 1969/1978)に描かれています。こと日本人に関しては、日本兵の戦争神経症が「帯患入隊者」(もともと精神病、ないしその素質があったものが戦争と言う状況で発症したに過ぎない)という文脈に落とし込まれたことで長く不可視化されていたことが明らかにされました(中村,2018)。私たちの心は、戦争に耐えられるようにはできていないのです。

精神分析家は創始者フロイトをはじめ、ユダヤ人が多いことが知られています。ナチスによるホロコーストを生き残った精神分析家たちの一部は、第二次世界大戦以降、戦争に対して積極的に発言するようになりました。なかでもロンドンの精神分析家ハナ・シーガルは,「核戦争に反対する精神分析家」という団体を設立したことで知られています。

彼女は、”Silence is the Real Crime”1987)という論文のなかで、広島に落とされた原子爆弾が’Little Boy’と呼ばれたことや,原爆投下の暗号が’Baby is born‘であったことを指摘します。そして、核兵器’nuclear weapon’’nuke’と呼ばれることで、何百万人もの人を絶滅させるはずの破壊性を覆い隠し、まるで取り扱いが容易で、かわいらしいもののように偽装されていることに注意を促します。

私たちの多くが戦争に憤りを感じているはずで、それは私たちが長い年月をかけて築いてきた文化のお陰かもしれません。しかし、虐殺に伴う罪悪感から目をそらすために巧妙に言葉を使用するというやり方も、私たちが発展させてきた文化の一部です。戦争に限らず、私たち人間が些細な違いに着目し、容易に対立関係に陥ってしまうことは、多くの心理学者が指摘してきました(日本心理学会,2019)

最後に、シーガルが論文を締めくくった言葉を紹介します。

「言葉の力を、そして真実を言葉にすることの治療効果を信じているわれわれ精神分析家は、沈黙するべきではない」。

いま繰り広げられている戦争についてどう思っているのか、それを言葉にすることが、戦争にあらがう文化的営みの第一歩ではないでしょうか。

Einstein, A. and Freud, S. (1932). Letter to Sigmund Freud by Albert Einstein. The Hebrew University. (浅見昇吾() (2016). ひとはなぜ戦争をするのか 講談社学術文庫)

Freud, S. (1920). Beyond the Pleasure Principle. Standard Edition18: 7-64. (須藤訓任(訳) (2006). 快原理の彼岸 須藤訓任(編)(2006).フロイト全集17(pp.53-125) 岩波書店)

日本心理学会監修・大渕憲一().(2019).紛争と和解を考える―集団の心理と行動.誠信書房

Segal, H. (1987). Silence is the Real Crime”in Psychoanalysis, Literature and War: Papers 1972-1995, edited by Steiner, J. (1997). Routledge.

Vonnegut, K. (1969). Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death. (伊藤典夫() (1978).スローターハウス5.早川書房)