『応答すること』から生まれる対話の安心感

執筆者:青木 みのり( 教員ページへ
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 気の合う人とおしゃべりすることは楽しいことですが、時には一人でゆっくり過ごす時間も貴重ですね。私はそのどちらも大切にしています。時々お気に入りのカフェでコーヒーを飲みながら本を読んだりしていると、周りの人たちの会話が聞くともなく耳に入ってきます。それは友人同士のたわいもないおしゃべりだったり、何やら固い雰囲気で仕事の話をしているらしい人たちもいて、人の会話には様々な形があることを実感します。

 これまで私はカウンセラーとしての活動に従事してきましたが、心理療法、いわゆるカウンセリングの世界では、「話をすること」「話を聴くこと」について、その黎明期から様々な形で取り上げられ、クライエントの語りに真摯に耳を傾けること、いわゆる「傾聴」は、学派や時代を超えて、基本的で重要なこととされてきました。それにはどんな理由があると思いますか。長い歴史を経て今なお多くの学派で重視されていることから、近年の理論をいくつか参照しながら考えてみたいと思います。

 カウンセリングの場では、相談に訪れたクライエントが安全だと感じ安心できる環境が大切です。その要因には落ち着いた雰囲気の静かな面接室など、物理的な条件もありますし、カウンセラーの受容的で温かい態度も含まれます。さらに丁寧に語りを聴いてもらえる体験は、安全で安心できる体験を醸成するといえるでしょう。自律神経系のバランスの観点から人々の心身の健康をとらえるポリヴェーガル理論(Porges, 2018)を提唱したポージェスは、心理療法の基本として「安全・安心」を挙げています。

 クライエントがカウンセリングの場を「安全・安心」と感じて語り始めると、それまであまり言葉にされてこなかった気持ちや経験が、言葉として表現されることがあります。つらい経験であるがゆえに心の中に押し込められ、語られなかった気持ちが表明されることもあります。また、何一つよいことのない毎日だと思っていたけれど、語っていくうちに、自分がしてきたことの意味やできていること、周りの人の支えを新たに見出していくこともあります。ナラティヴ(物語)・セラピー(McNamee & Gargen, 1992)という心理療法では、クライエントの人生の語りを重視します。「クライエントは自分の人生の専門家であり、一方カウンセラーはその方がこれまでどのように生きてきたかについては何も知らない」と考えます。そのため教えてもらうために「無知の姿勢」でひたすらクライエントの語りに真摯に耳を傾けます。すると次第に、埋もれていた「生きられた経験」が語られ、新たな人生の物語が紡がれる可能性が生まれるのです。

 「傾聴」が重要とされる理由はほかにもありますが、振り返って普段の日常の会話では、どうでしょうか。おそらく一方的に話しを聴くという状況はやや特殊な状況かと思われますが、互いに語り合い、聞き合うという状況はあるのではないでしょうか。その影響は、思いのほか計り知れないところがあります。例えば、先述のポリヴェーガル理論を学校での子ども支援に応用している伊藤(2022)は、不登校状態にある子どもへの対応について『家庭では「おだやかな関係」を作るために子どもとの会話を増やす』ことを提案しています。学校や勉強には関係ない楽しい話題の雑談をすることで、「安全・安心」を子どもが感じ、「どんなことでも話してもいいんだ」と安心感を得ると、辛いことがあった時に話してくれるようになるということです。伊藤(2022)は『あいづちを打つだけでも、話している子どもは安心することができる』と述べています。

 あいづちだけでは心もとない、と感じるかもしれません。しかし心理療法における対話の重要性を強調し、オープン・ダイアローグを提唱したセイックラらは、『変化を生み出す対話を可能にするポイントは応答である』と述べています(Seikkula & Arnkil, 2014)。応答すること。それだけなら、それほど難しいことではないし、多くの人があまり意識せずにしていることではないでしょうか。つい「話しかけること」「働きかけること」に注意が向きがちですが、相手の働きかけに応じることもまた、相手の存在を認めることになります。このように何気ない行動は、何もしていないように感じられるかもしれませんが、実は大切なはたらきが隠れていたりします。しっかり応答してもらえることは、「ちゃんと聴いてもらえた」安心感につながり、「尊重してもらえた」経験となり、互いを尊重する関係が生まれる可能性を内包しているといえます。「安心・安全」が醸し出され、新たな物語が生まれるかもしれません。

伊藤二三郎 (2022) ポリヴェーガル理論で実践する子ども支援 今日から保護者・教師・養護教諭・SCがとりくめること.遠見書房.

McNamee, S. & Gargen, K. J. (1992) Therapy as Social Construction. Sage Publications Ltd. (野口裕二・野村直樹() (2014) ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践.遠見書房)

Porges, S. W. (2018) The Pocket Guide to the Polyvagal Theory. The Transformative Power of Feeling Safe.  W.W.Norton & Company.(花丘ちぐさ(訳)(2018)ポリヴェーガル理論入門 心に変革を起こす「安全」と「絆」.春秋社)

Seikkula, J. & Arnkil, T. E. (2014) Open Dialogues and Anticipations. Respecting Others in the Present Moment. National Institute for Health and Welfare.  (齋藤環(監訳) (2019) 開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる.医学書院)