トライポフォビア:怖いけどつい見てしまう「集合体」

執筆者:伊村 知子( 教員ページへ
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蓮の花托(執筆者撮影)

蓮の花托や蜂の巣のような円や穴の集合体パタンに対して、気持ち悪さや恐怖を感じたことはありませんか?この現象は、トライポフォビア(集合体恐怖症)と呼ばれ、インターネットやSNSを通じて広く知られるようになりました。学術的な研究は比較的最近始まったばかりです。これまでのところ、ヘビやクモのように典型的な恐怖症には分類されていませんが、成人の約6人に1人が不快感を覚えるとされています(Cole & Wilkins, 2013)。

 

なぜトライポフォビアは生じるのか? 

トライポフォビアの生じる要因として、有毒生物の中にも豹紋柄を持つものがいることや、斑点が皮膚病などの感染症を連想させることから、本来、有毒生物や感染症などを避けるための適応的反応が、円や穴の集合パタンにも生じるようになったのではとの仮説があります。また、集合体の画像には知覚的に不快な状態を引き起こす可能性のある空間的特性が含まれているとも言われています。さらに、集合体に対する不快感を感じやすい性格特性など個人差に関する研究も進んでいますが、発達的な側面はまだ明らかにされていません(詳細は佐々木・山田, 2018を参照)。

 

トライポフォビアはいつから生じる?

私たちは、4歳から9歳までの子ども60名(4,5歳児、6,7歳児、8,9歳児の各年齢群20名ずつ)と成人20名に、集合体画像(蓮の花托や蜂の巣など)と中性画像(マンホールの穴や丸窓など)を見た時に、どの程度「気持ち悪い」、「怖い」、「かゆくなる」、「好き」と感じるかについて、4段階で答えてもらいました。その結果、少なくとも4歳頃から不快感を感じることがわかりました(Suzuki, et al., 2023)。また、子どもたちも、成人と同じように、小さな円が密集している場合に強い不快感を示すことがわかりました。

 

年齢や性別による感じ方の違いは?

私のゼミの昨年度の卒業研究では、20代から60代の様々な地域に住む男女200名(各年代40名ずつ)を対象に、オンライン調査をおこないました。子どもたちの調査と同様に、集合体画像と中性画像に対する不快感の程度について4段階で答えてもらったところ、20代・30代の方が50代・60代よりも、集合体に対して強い不快感を感じることが明らかになりました。性別による差は見られませんでした。この調査では、幼少期や現在の居住地域の都市化の程度も分析したのですが、居住地域による差はありませんでした。

 

終わりに

集合体に対する不快感の感じ方は年齢によって異なることが明らかになりました。そういえば、私が子ども時代に見た悪夢にも、幾何学模様の繰り返しが含まれていましたが、当時はなぜそれが怖いのか理解できませんでした。一方で、現代アート作家の草間彌生氏の作品に描かれるドットや網目の繰り返しパタンに惹かれる人も多いでしょう(私もその一人です)。人間は、恐怖の本質を知りたがる生き物なのかもしれません。

「チューリップに愛を込めて、永遠に祈る」 新潟市美術館「草間彌生―『永遠の永遠の永遠』」(2012年)にて会場風景(執筆者撮影)

Cole, G.G., & Wilkins, A.J. (2013). Fear of holes. Psychological Science, 24, 1980–1985.

佐々木恭志郎・山田祐樹 (2018). トライポフォビア過去から未来へ―. 認知科学, 25(1), 50-62.

Suzuki, C., Shirai, N., Sasaki, K., Yamada, Y., & Imura, T. (2023). Preschool children aged 4 to 5 years show discomfort with trypophobic images. Scientific reports, 13(1), 2768.