明日のために準備する
ある日のこと、夕食の準備をしていると小学生の娘が「手鏡を使うから、明日学校にもってきてねって先生が言ってた。手鏡ある?」と話しかけてきました。いきなりの要求に母(私)は「そんなの急に言われても、準備できません!!」とお怒りモード。準備物の急な要求(そして親が怒る)はあるあるの光景で、みなさんも似たようなやり取りを経験したことがあるかもしれません。
さて、準備する行動は、未来の行為のスムーズな遂行を可能にします。このようなメリットから学校でもよく指導されている行動かと思います。ではこの「未来のために準備する行動」はヒトだけの特別な行動なのでしょうか。
アメリカカケスというカラス科の鳥は余った食べ物を地面などに隠しておき、後で食べる(貯食)という性質があります。本コラムでは、この性質を利用したカケスの準備行動の研究(Raby et. al., 2007)を紹介します。この実験では3つの続いた部屋において端の2つの部屋を食べ物を隠すことができる場所にしました(図1)。そして実験の本番までに次のような出来事をカケスに何度も経験させました。朝になるとカケスは端の2つの部屋のどちらかの部屋に入れられてしまいます。このとき、ある部屋に入れられたときには朝食がもらえ、もう一方の部屋に入れられたときは朝食がもらえませんでした。
このような経験によってカケスに2つの部屋の朝食に関する特性を覚えさせました。そのあと、実験の本番を行いました。本実験では、前日の夕食に食べきれない量のマツの実が与え、カケスがそのマツの実をどうするのかが観察されました。すると端の2つの部屋どちらにも食べ物を隠すことができるにも関わらず、カケスは選択的に朝食をもらえない部屋に多くマツの実を隠しました。まるで明日の朝食のために食べ物を準備しているような行動が観察されたのです(この後に慎重な議論のための追加実験が行われています。詳しくは藤田(2015)を参照してください)。ただしこの実験で示された行動が、翌朝を見越して行われた未来志向的行動なのか、アメリカカケスに組み込まれた性質によって出現している行動なのかは議論の余地はあります。このような議論の余地はあるにしても、私はこの準備的な行動は動物の“こころ”の豊かさを示唆する興味深い行動のように思います。
さて冒頭の私たち親子の会話には続きがあります。イライラしている母に娘は続けます。「でも先生言ってたよ、おうちの人には手鏡がいることを前からお知らせしているって。」その言葉にぎょっとし、数週間前に配布されたお知らせを確認すると『手鏡を使います。ご用意をよろしくお願いします。』との一文。あれっ・・・もしかして準備できていなかったのは・・・私?
- 藤田和生 (2015) 動物も将来を思い描ける? 藤田和生(編) 動物たちは何を考えている?―動物心理学の挑戦― (pp.279-283) 技術評論社
- Raby, C., Alexis, D., Dickinson, A. et al. (2007) Planning for the future by western scrub-jays. Nature 445, 919–921. https://doi.org/10.1038/nature05575
