心理学 事始め ①

執筆者:鷲見成正(元心理学科教員・慶應義塾大学名誉教授)
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 心理学は心の内側と外側の世界との結びつきを考える学問といえます。ここでの外側は物理的生理的な変化の世界を指し、内側はわれわれが意識し経験する世界を指します。これら二つの世界の結び付きをどのような観点からとらえるかで立場の異なるいろいろな分野が生まれ、正常と異常の「臨床」、動物との「比較行動」、脳科学やコンピュータサイエンスからの「認知」、数量的機能関係を追究する「数理」などがあります(注1)。ここでは主として実験資料を基にして研究を進める基礎心理学について述べてみます。

 19世紀に広まった原子論は、世の中に存在する万物すべてが要素から成り立ち、たとえ固体・液体・気体のように形態が違っても構成要素の性質は変わらず要素間の組み合わせが変わると考えました(注2)。この理論は「心」の見方を大きく変えました。心の世界もまた物の世界と同じように要素で構成され、そのさまざまな組み合わせが心の変化を生じるという考えが生まれたのです。その結果、それまで体系化されていなかった心理学に科学的思考に根ざした「学」としての心理学が誕生しました。日本をはじめとする世界の研究者の関心と期待がこの要素主義心理学に集まったのです。

 要素心理学は「意識内容」の構成要素を「感覚」と「感情」と定めました。それまでの感覚生理学では、外部の物理的化学的変化(刺激)によって引き起こされる特殊な神経エネルギーが色覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚といった感覚内容をもたらすと考えます。一方要素心理学では、刺激を受けて生じた意識内容そのものを直接経験者自身が観察(内観)し、その内容についての要素分析を行うという方法をとりました。学問としての体系を初めて整えた要素心理学でしたが、客観性を保つのが難しい内観方法や要素分析に困難を伴う意識体験の存在など学問としての不備を指摘する批判が強まり、次世代の心理学に席を譲ることになったのです。

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(注1)日本女子大学には故人となられた依田新、久米京子、天羽太平、岡野恒也・児玉省・宮本美沙子・吉田正昭・岡本栄一、国谷誠朗、高橋たまき、といった各分野を代表する著名な心理学者が多数在籍されました。先生方が残された偉大な功績は伝統として心理学科に受け継がれ現在にいたっています。

(注2)原子論の提唱者ジョン・ルトン(John Dalton:1766-1844)は自らの経験をもとに先天的色覚異常(色盲)を世界で初めて発見しました。