イクメンはなぜ浸透しないのでしょうか?

執筆者:岩立志津夫(元心理学科教員・日本女子大学名誉教授)
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 今になっては少し古めかしくなってきた言葉に「イクメン」があります。イクメンとは、俗に、育児に積極的に関わる父親のことです。皆さんはこの言葉をどう思いますか? もしかしたら、女性の皆さんは、「イクメン、大歓迎」と言うかもしれません。その背景には、我が国の男性は伝統的に育児には消極的で、もっと育児や家事に参加して欲しいと思う女性が多くなっているからです。また、母親が「イクジョ」と呼ばれることはないのに、父親がイクメンらしき行動をとれば、注目されることになります。実際のところ、日本の父親の多くは、育児時間が短く(母親は毎日平均時間以上なのに、父親は毎日平均1時間未満)、それも重労働で骨の折れるオムツ替え(特にうんちの)、夜中の授乳、離乳食を作って食べさせる、夜泣きをなだめるなどに参加するのは稀です。どうしてでしょうか? その理由を探る心理学研究は、発達心理学者などによって進められてきました。その一つ、楜澤さんの研究を紹介します。

 質問紙を使った研究です。楜澤さんは、親が子どもを世話する行動に興味を持って、その行動を「養護性」と読んでいます。養護性を捉えるには他の側面も必要かもしれませんが、楜澤さんは、養護性には4つの側面(心理学では因子と呼びます)があると考えました。その一つが「(養護的)共感性」です。共感性は、「幼児の姿を見かけるとつい目で追ってしまう」「小さなこどもを見ると自分も笑顔になっている」などの質問に対する賛成の程度で評価します。その結果が図1です。

図1

図を見ておわかりのように、高校と大学の時期には、女性は男性より子どもへの共感性が高いことがわかります。男性の共感性は年齢が高くなるにつれて上昇し、妻が妊娠する時期になると女性と同程度になります。これをどう解釈したらいいでしょうか? 多くの研究者は、女性は男性より低年齢で子どもへの共感性を習得する、男性が子どもへの共感性を習得するのはかなり遅く、子育てが早いと共感性が十分育たないで子育てに向かう可能性がある、と考えているようです。ただこれだけの理由では、日本のイクメンの少なさや育児参加の程度を説明できません。文化差や、男女観、就労状況なども加味して考える必要がありそうです。

 昔から、「女性は本来母性を持っている」(発達心理学の用語で言えば、生得的に子どもへの愛着(共感性)を持って生まれてくる)という主張がありますが、この主張には発達心理学者の多くは反対しています。もし、男性には生来的に子どもへの共感性が欠如し、男性の共感性を育てるのも難しい、とすれば、父親にイクメンを期待するのは難しくなってしまいます。育児の男女差に、多くの女子大生や大学院生が(本当は、男子学生や大学院生も、ですが)関心を持って、実証的な研究成果が蓄積されて、活発な議論が起こることを期待しています。 

参考文献

楜澤令子・岩立志津夫. 2010.妊娠後期における初産婦の養護性nurturance低下の原因:妊婦への面接調査を通して. 家族心理学研究, 24(1),56-66.