自尊心はなんの役に立つのか?

執筆者:石黒格(元心理学科教員・立教大学教授)
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 心理学で、自分を高く評価していて、自分に対してポジティブな感情を持っている状態を指して、自尊心が高いと表現します。Self-esteemという言葉の翻訳として、自尊感情という言葉も使われます。自分を尊重している、となりますので、こちらのほうが原義のイメージには近いかもしれません。この自尊心、心理学の世界ではおなじみの概念ですが、そもそもなぜ感じられるようになり、なんの役に立つのでしょうか。

 後者からいきましょう。高い自尊心を持つことがなにとつながっているのかを広範に検討した研究によると、自尊心を高くしても、あまりいいことはありません。学力や仕事の成果とはほとんど関係ありません。人間関係も、ライフスタイルもよくなりません。それどころか、自尊心が高い人は、失敗したり批判されたりすると自尊心に脅威を感じ、他者に対して攻撃的な態度をとることもわかっています。

 ではいいことはないかと言えば、そうでもありません。自尊心が高まると、ポジティブな感情が生じます。私たちは自尊心を高く感じるのが好きなのです。自尊心の高い人は、やや幸福であることもわかっています。

 では、高い自尊心はなにに由来するのでしょうか。重要な要因のひとつは、他者から肯定的に評価されていることです。ソシオメーター理論という考え方では、自尊心は自分が自分についてどのように感じているかによって生じるものではありません。そうではなく、自分が周囲の他者に受け入れられている状態を示すシグナルなのです。ヒトにとって、他者から受け入れられていることは、生存や成功に決定的に重要です。そのため、ヒトは他者が自分に対してどのような評価をしているのか、無意識のレベルでさえ常に観察をしています。他者から受け入れられていないという状況を認識すると、こころは自尊心の低下というかたちで、危険信号を発すると考えられているわけです。

 ソシオメーター理論から考えると、少し困ったことが起きます。自尊心を高くするためには、周囲から受け入れられる必要があります。では、どうすれば受け入れてもらえるでしょう。このとき、相手によく思われようとする行動は逆効果になりやすいことがわかっています。相手によく思われたいという動機は、結局のところ自己利益に根ざしています。根本で自己利益に根ざしているなら、相手のためを思った(つもりの)行動も効果的ではありません。相手のためを思っているつもりでも、結局は自分がよく見える行動をとっているだけですから、相手の希望や必要を無視することになりがちで、最初は感謝されても、だんだんと拒絶されていくことになりがちです。

 相手に本当に受け入れられるためには、自分がどうであれ、相手のためになる行動をとる必要があります。この違いは、相手に短期的には不快感を与える行動が必要なときに、よく表れるでしょう。相手が大きな失敗に気づいていないとき、相手のことを本当に思うなら、それを指摘するでしょう。しかし、よく思われたい、受け入れられたいという気持ちがより強いなら、黙って愛想笑いをすることになるはずです。

 つまり、自尊心を高め、自分の幸福感を高めるために必要なのは、実は自分ではなく、周囲の人々のことを真剣に考え、周囲の人々のために行動することなのです。遠回りのようですが、言われてみると思い当たるふしがある人も多いのではないでしょうか。

 臨床心理学の世界では、自己受容という概念がとても大切にされています。では、自己受容に至るために必要なのはなんなのでしょうか。自尊心と自己受容は重なりを持ちつつ、決定的に異なる概念です。その違いまでも含めて、ぜひ学び、考えてほしいと思います。

Baumeister, R. F., Campbell, J. D., Krueger, J. I., & Vohs, K. D. (2003). Does high self-esteem cause better performance, interpersonal success, happiness, or healthier lifestyles? Psychological Science in the Public Interest, 4(1), 1-44.

新谷優 自尊心からの解放:幸福をかなえる心理学 誠信書房