猫の目がまん丸になるわけ

執筆者:竹内 龍人( 教員ページへ
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図1 猫(広島在住の絣さん)の瞳孔変化(上)と人間の瞳孔変化(下) (画像提供:広島大学 吉本早苗先生)

猫が大好きな皆さんは、猫の目の黒い部分(黒目)の形が変化することに気がついていますよね。私は子供の頃、飼っていた猫の目が大きくまん丸になったり、小さく細くなったりと、黒目の大きさがひんぱんに変化するのが不思議でした。なぜ、黒目の大きさは図1(上)のように変わるのでしょうか?

 
瞳孔の大きさはなぜ変化する?

黒目の部分を瞳孔(pupil)と呼びます。瞳孔とは漢字が示すとおりの穴であり、開眼時にここから光が入ってきます。その光を目の奥の網膜にある、錐体・桿体と呼ばれる視細胞群がとらえ、視覚の情報処理が始まります。瞳孔の大きさ変化は、私たち人間の場合でも起きています。図1(下)をみてください。この写真は、視線計測を行うアイトラッカーという装置を使い、特殊なカメラで人間の目を撮影したものです。人間の場合でも、他者が十分に視認できる範囲で瞳孔の大きさは変化することがわかります。

瞳孔の大きさは自律神経系が制御しており、交感神経系と副交感神経系による二重支配を受けています。つまり両神経系の活動バランスにより瞳孔の大きさが決まります。瞳孔を大きくする筋肉は交感神経系が支配している一方で、瞳孔を小さくする筋肉は副交感神経系が支配しています。

 
瞳孔の大きさは明るさで変化する

瞳孔の大きさ変化は、いろいろな場面でおこります。自分の周囲が明るくなると瞳孔は小さくなり、暗くなると大きくなります。図2は人間の瞳孔の直径(瞳孔径)の実測値です。真っ暗な実験室の中で明るさの異なる画像を見せて、そのときの瞳孔径をアイトラッカーで計測しました(吉本, 2014)。計測に使用した画像の明るさの範囲では、瞳孔径は48 mmと大きく変化しています。

暗いときに瞳孔径が大きくなると、より多くの光を目に取り込むことができるというメリットがありますが、一方で視力が悪くなるというデメリットもあります。瞳孔径が小さくなると視力は上がります。そのために、目を細めたり小さい穴から覗いたりすると物が見えやすくなるのです。このように、周囲の明るさの変化は私たちの視知覚を大きく変えてしまうので、視知覚の特性を理解するためには、明るさの変化に反応する瞳孔の働きを知る必要があります(吉本・竹内, 2011)。

図2 観察している画像の明るさと瞳孔径との関係(吉本, 2014)

瞳孔の大きさは心理的要因で変化する 

たとえ周囲の明るさが変化しなくとも、感情や認知といった心理的要因により瞳孔径は変化します。感情価(valence)と共に感情を構成する次元の一つである覚醒度(arousal)の強さと瞳孔径が関連していることはよく知られています。例えば、突然大きな物音がしたようなときには、猫の警戒レベルが上がり、瞳孔は拡大するでしょう。食卓の上に置きっぱなしにした食べ物を見つけた時の興奮もまた、猫の瞳孔を大きくさせるでしょう。昨年度、私のゼミ所属のある学生は、卒業研究において、画面変化により目の前の物が見えにくくなるというチェンジブラインドネス状態における瞳孔径を測定しました。すると、「あっ、見えた!」と感じられたときに瞳孔径が大きくなりました。

たとえ覚醒度が高くなくとも、認知的負荷が高い課題に直面したときにも瞳孔は変化します。人間の場合では、長い数列を記憶するといった、疲労を伴う課題を行うと瞳孔径は大きくなります。また、結合探索(複数の視覚属性により目標刺激が規定されている視覚探索)といった、目標刺激が見つかりにくい難易度の高い課題を行うと、やはり瞳孔径は大きくなります(Takeuchi, et al., 2011)。

このように、感情や認知に関連した瞳孔径の変化は、周囲の明るさに関わらず起きるのです。そのために、瞳孔径の計測は、生体における心の仕組みを理解するための有効な手段となっています。

吉本早苗(2014)環境光への順応による運動知覚の変容.日本女子大学大学院人間社会研究科博士学位論文.[Link] 

吉本早苗・竹内龍人(2011)網膜照度により変化する視覚運動の知覚.心理学評論,54,168-178. [Link]

Takeuchi, T., Puntous, T., Tuladhar, A., Yoshimoto, S., & Shirama, A. (2011) Estimation of mental effort in learning visual search by measuring pupil response. PLOS ONE, 6(7), 1-5. [Link]