他者の心を推測する:「投影」のお話

執筆者:石井 辰典( 教員ページへ
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©Tatsunori Ishii

私たちは日々、他者がどんな気持ち・考えを持っているのかを推測していると言えます。例えば、朝起きて家族と顔を合わせれば、「親は笑っているから機嫌が良さそうだ」とか「兄弟は就職活動についてのニュースを見て文句を言っているので、不満があるのだろう」などと思うかもしれません。あるいは学校に来て友人と挨拶すれば「声の調子が高いので、良い気分なのかな」と理解することもあるでしょう。このように人間は、表情や話の内容、声のトーンといった様々な手がかりを駆使して、他者の「心」の状態を推測・判断しています。

もちろん、こうした他者の心的状態の推測は、必ずしもいつもうまくいくとは限りません。推測した結果が誤りであることもあるわけです。特に、上に挙げたような手がかりが少ないときには、どのように推測してよいかわからなくなってしまうわけですから、出鱈目な推測をしてしまうことも予測されます。

ただそうした時にも、人間はある種の方略を持って推測を行っていることがわかっています。つまり、予測されたような出鱈目な推測をするわけでもないようなのです。Ames2004)は、その方略として「社会的投影」と「ステレオタイプ化」の2つを挙げています。社会的投影(social projection)とは、大雑把に言えば、自分の気持ちや考えを相手に適用することを言います。例えば、あなたがとても空腹を感じていたとすると、他者も多かれ少なかれ似たように空腹を感じているだろうと推測するわけです。一方、ステレオタイプ化(stereotyping)とは、自分ではなくステレオタイプ(ある集団についての固定的なイメージ)を相手に適用することです。例えば、一般的に成人男性は甘いものは苦手であるといったイメージを持っているとしたら、相手にそれを適用して、この人も甘いものは苦手なのだろうと推測することを指します。

そして、こうした2つの推測方略を私たちは状況に応じてうまく使い分けていることが示されています。具体的には、相手に対して感じる漠然とした自分との類似性をもとにして、類似性を感じた場合には投影を優先的に用い、類似性を感じない場合にはステレオタイプ化を優先的に用いるのだそうです(Ames, 2004)。これは確かに理にかなっているように思えます。なぜなら、自分と似た特徴を持つ人は「心」についても自分と似ている可能性がありますし、逆に似た特徴を持たない他者であれば自分と同じ心を持つだろうと想定するのは無理があるというものです。

実際にある研究(Todd, Simpson, & Tamir, 2016)では、大学生に参加者として研究に協力してもらって、「政治的にリベラル(あるいは保守的)な意見を持つ他者」がどんな性格特性を持つか(明るいか、誠実かなど)、どんな好みを持っているか(スキーよりスノーボードが好きかなど)について質問を行い、推測・判断をしてもらいました。またこの標的他者についての判断の他に、参加者自身の性格や好みについても、同様の質問で回答してもらいました。そして、標的人物についての性格・好みについての判断と参加者自身の性格・好みがどのくらい一致しているかを数値化しました。この他者についての判断と自分の回答の一致度は、「どのくらい投影を使ったか」の指標となります。

研究の結果、参加者が標的人物と同じ政治的な意見を持つ場合のほうが、異なる意見を持つ場合よりも、他者についての判断と自分の回答の一致度は高くなっていました。これは、性格や好みといった心的状態の推測において、自分と類似した意見を持つ他者にはより強く投影を使用したことを示唆しています。つまり、自他の類似性が高いと投影が使用されるという上記の仮説と一致した結果となっています。

このように、人々は自分の「心」を他者に当てはめるという推測方略を持っています。したがって、他者の「心」を理解しようとしていても、それは自分の「心」を他者に当てはめようとしているだけ、ということも起こりえます。そうしたことをしていないか、日々の生活で気をつけてみることも大事かもしれません。こうしたことに興味があれば、社会心理学者のニコラス・エプリーによる「人の心は読めるか?(原題:Mindwise: How We Understand What Others Think, Believe, Feel, and Want)」という書籍もおすすめです。

Ames, D. R. (2004). Strategies for Social Inference: A Similarity Contingency Model of Projection and Stereotyping in Attribute Prevalence Estimates. Journal of Personality and Social Psychology, 87(5), 573585. https://doi.org/10.1037/0022-3514.87.5.573

Epley, N. (2014). Mindwise: How We Understand What Others Think, Believe, Feel, and Want. Knopf.(ニコラス, E. 波多野理彩子 () (2015). 人の心は読めるか? 早川書房)

Todd, A. R., Simpson, A. J., & Tamir, D. I. (2016). Active perspective taking induces flexible use of self-knowledge during social inference. Journal of Experimental Psychology: General, 145(12), 15831588. https://doi.org/10.1037/xge0000237