日本初の女性文学博士(Ph.D)原口鶴子:心理学の先駆者として ①

執筆者:本間道子(元心理学科教員・日本女子大学名誉教授)
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帰国後、自宅書斎にて、28歳ごろ、『心理研究』47号(1915年)巻頭写真より

はじめに

 現在の日本女子大学の心理学科は、学科としてはまだ約30年(注:1990年に創生)、学内では新しい組織ですが、心理学に対する関心・重要性の認識は大学創立時(1901年)から、新しい学問への希求として重要な位置づけがなされてきました。それは、創立者の初代学長・成瀬仁蔵の新しい科学をリベラルアーツとしてまたキャリア(実践)としての重要性の認識があったからと思われます。

 カリキュラムはどの学科でも心理学科目が置かれ、外部からも著名な心理学者(たとえば、元良勇次郎・松本亦太郎)などが招かれました。学長自身もアメリカ研修では、心理学の動向に注目し(クラーク大学、S.ホールの下)研鑽を積んできました。そして後に2代目学長となる麻生正誠の専門は教育学・教育心理学(コロンビア大学、J.デューイに師事)です。

 このような新たな学問環境に育まれ、1906年に日本女子大学校を卒業した原口鶴子(旧姓 新井つる)は日本女性として初めて、心理学の研究成果によって1912年、学位・文学博士(Philosophy of Doctor)をアメリカ・コロンビア大学(当時我が国では女性の博士号の取得は認められなかった)から授与されたのです。原口の先駆的活動は本学においてその後の科学的視点からの心的作用の関心と科学的究明、そしてそれらの成果に基づく実践(適用)となどは現在でも脈々と本学に流れているように思われます。

 その具現化ともいえる原口自身の心理学への尽きない情熱、探求心から、何を目指し、なにを実現したか、日本の心理学の黎明期、心理学界を先導する心理学者たちの出会いと厚遇を得て、疾走した彼女の短い人生を顧みることで温故知新の機会になればと思います。

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