赤ちゃんの視力はどれぐらいですか?②
ネットで「赤ちゃんの視力」と検索すると、時々「赤ちゃんは目の前20cmから30cmしか見えていません」などといった記述に出くわすことがありますが、これは過去の育児書に記載されていた記述が誤って拡散されたものであり正しくありません。近年は、私たちの研究グループが過去おおよそ20年近くにわたって「生後1か月の視力は0.02、3か月は0.1、6か月は0.2」という数字を本や講演会で拡散したため、ネットでも(特に引用文献もなく)正しい数字が定着しつつあるようです。しかしこの数字も、あくまで選好注視法による研究によって測定された論文がベースとなっており、かなり単純化してわかりやすくした数字であることを忘れてはなりません。
例えば、「生後3か月の赤ちゃんの視力は0.1」といっても、これは近眼でピントがあっていないが故の視力0.1ではない点に注意が必要です。赤ちゃんはピントを合わせられないから視力が悪いのではなく、脳が未発達であるが故に視力が悪いのです。つまり、目から入った視覚映像を正確に分析する神経細胞のつながりがまだ弱いため、世界がぼやけて見えているということになります。「目が悪い」というよりも「脳が悪い」といった方がより正確な表現になるでしょう。
詳しく調べてみると、赤ちゃんは輪郭がボケた世界を見ているだけでなく、霧がかかったような「薄い世界」を見ていることがわかっています。「どれぐらい薄いものが見えているのか」という感度のことを「コントラスト感度」と呼びますが、実は赤ちゃんのコントラスト感度は、条件次第では大人の100分の1程度であることが知られています(図3)。例えば大人であれば、視力0.1の大きめのランドルト環であれば、0.1%のコントラストまで薄くしても見ることができますが、6か月頃の赤ちゃんは、この視力0.1の大きなランドルトであっても10%程度の灰色にするともう見えなくなってしまいます。赤ちゃんは、キラキラしたものや水玉模様などが大好きなのですが、これらもすべて「ボケていて」「薄い」世界にいる赤ちゃんからはっきりと見えるもの、ということになるのです(図4)。
図4(左)赤ちゃんが好きなもの。すべてコントラストが高い。(下)3か月頃の赤ちゃんは視力が悪くボケた世界を見ているだけでなく、コントラストの低い「薄い」世界を見ている
これらの点をきちんと解説しているネットのページを私は見たことがありません。詳しくは以下の参考文献か、本学の学生の皆さんであれば私の授業できちんと勉強していただくとして、ここではとりあえず「ネットで検索しただけでは本当の知識はなかなか勉強できませんよ」とだけお伝えしておきます。もしどこかで「3か月児の視力は0.1」という数字だけコピペしようと考えている方がおられれば、ぜひ下記の文献も少しでよいので参考にしていただければと思います。
乳幼児心理学 山口真美 金沢創 編著 放送大学教育振興会
赤ちゃんの心と視覚の発達 山口真美 金沢創 編著 東京大学出版会
視覚脳が生まれる J.アトキンソン著 金沢創 山口真美 監訳 北大路書房