赤ちゃんの視力はどれぐらいですか?①

執筆者:金沢創( 教員ページへ
kanazawa1.jpg
図1. 灰色の背景の左右のどちらかに白黒の縞々を配置すると、赤ちゃんは注視する。この「選好注視」を利用して視力を測定することができる。

マスコミや雑誌からの取材などでよく聞かれる質問の1つに「赤ちゃんの視力はどれぐらいですか?」というものがあります。「視力」という概念は、一般の方でも視力検査などで慣れ親しんでいるため、こうした質問がすぐ出てくるのでしょう。そこで「そうですね、例えば生後3か月の乳児は視力0.1ぐらいです」などとお答えすると、「なるほど、眼鏡をはずしたときの私ぐらいの世界が見えているのですね」などと数値の意味を直感的に理解していただけます。

大人の視力の測定方法については今更解説するまでもないでしょう。様々な大きさのランドルト環と呼ばれる「C」の文字の切れ目の方向を、一定の距離から観察して答えます。大きなCの文字は見やすいですが、小さなCの文字の場合は切れ目がどこかが見えにくい。ギリギリ切れ目の方向がわかる「C」の大きさに対応する数字が視力、ということになります。

では、赤ちゃんの視力はどのように測定するのでしょうか。1歳以下の赤ちゃんの場合、当然ですが「切れ目の方向を答えてください」などと言葉で指示することはできません。何か適切な図形を用意して赤ちゃんの行動を観察するだけで視力を測定する方法はないのでしょうか。

ここで登場するのが、選好注視法(preferential looking method)と呼ばれる方法です。赤ちゃんの心理学を研究する多くの先達によって、赤ちゃんが好んでよく見る図形というものがいくつか知られているのです。「色がついたもの」「動いているもの」「複雑なもの」「顔のようなもの」などなどがそれにあたります。

この「好んで注視する図形」の1つに、白黒の縞々があります。縞パターン(grating pattern)と呼ばれるこの図形を、白と黒をちょうどまぜた一様な灰色の背景に配置すると、赤ちゃんは縞パターンを注視することが知られています(図1)。この縞パターンへの選好注視をうまく利用すると、赤ちゃんの視力が測定できるのです。では具体的にどうやるのでしょうか?

答えは、ランドルト環と同じように、様々な細かさの縞パターンを用意し、選好注視が見られなくなるギリギリの細かさの縞パターンを特定する、というやり方になります。

白黒の縞々が見えている限り赤ちゃんは縞パターンを注視します。しかし白黒の縞々がどんどん細くなると、どこかで限界が来て、白と黒がちょうど混じってしまいます。小さいランドルト環の切れ目がわからない(白か黒かがわからない)時と同じように、白と黒が混じってしまうのです。縞々でいえば一様な灰色に見えてしまい、背景と区別がつかなくなる状態になります。

この現象は赤ちゃんも大人も同じです。このとき赤ちゃんは、右もしくは左に配置されているはずの縞パターンが細かすぎて背景に溶け込み見えないため、選好注視が消失してしまいます。この縞の細さを、ランドルト環のCの文字の切れ目に対応させてみると、ランドルト環での視力に変換することができます(図2)(②に続く)。

図2. ランドラト環と縞パターンとの対応。視力0.1のランドルト環は、視野角1度に白黒が3ペア含まれる図形と同じ細かさになる。視力0.2のランドルト環は大きさが半分となり、縞の太さも半分になる。「cycle/degree」(サイクル・パー・ディグリー)とは、角度1度に縞が何本入っているのかの単位。