記憶は変化するものである

執筆者:石黒格
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 物事は正確に記憶できるものだと言われれば、そんなことはないと多くの人が思うでしょう。けれど、出来事についての記憶、心理学でエピソード記憶と呼ばれる記憶が、容易に変化してしまうものだとしたらどうでしょうか。私たちが、ありもしない出来事について、ありありとした鮮明な記憶を持ってしまうことがあるとしたら……

 記憶にかかわる心理学的な研究が明らかにしてきたのは、まさにこのことでした。心理学者のロフタスは、誤導情報パラダイムと呼ばれる方法を用いて、エピソード記憶の歪みについて研究しています。それは、このような手続きです。まず、実験への参加者に、動画や小芝居(!)を見てもらいます。その後、参加者に聞き取りをして、どれだけ見た出来事について正しく記憶しているのかをテストします。たとえば、ある実験では、交通事故の動画を見せた後に、「現場に、割れたガラスは落ちていましたか」と尋ねました。正解は「落ちていなかった」なのですが、「落ちていた」という回答は起きます。しかし、これはただの記憶違いでしかありません。

 この実験の面白さは、その先にあります。実験では、回答者はランダムに2つのグループに分けられていたのですが、このグループによって、回答がまったく違ったのです。一方のグループでは50人中7人が「落ちていた」と回答したのに対して、もう一方のグループでは実に16人が「落ちていた」と回答したのです。

 なにが、これほどの差を引き起こしたのでしょうか。実は、2つのグループは、ガラスについての質問の前に、「ぶつかった」車の特徴についての、わずかに異なる質問をされていました。変えられていたのは、この「ぶつかった」に当たる単語です。一方では「当たった(hit)」、もう一方では「激突した(smashed)」でした。どちらがないはずのガラスを見たと思い込んだのか、想像がついた人もいるのではないでしょうか。そう、事故車が「激突した」という文章を読んだグループの回答者たちです。

 ですが、なぜこのような現象が起きるのでしょうか。様々な研究から、記憶の内容を思い出したときに、脳の中で起きている反応が、その理由のひとつになっていることがわかっています。実は、出来事の記憶を思い出すときに起きていることは、パソコンに保存した動画の再生とはまったく異なっています。動画の再生であれば、動画の中身はまったく変わることなく、何度でも再生ができます。一方、脳の中での記憶が再生されるとき、なんと、記憶の中身はいったん失われてしまうのです。

 でも、私たちはなにかを思い出す端から、その中身を忘れてしまうことはありません。それは、私たちが思い出すのと同時に、改めてその中身を記憶しなおしているからなのです。このとき、最初にその出来事を覚えたときには知らなかった、新しい情報を持っていることがあります。この新しい情報が、出来事の解釈にかかわる内容のとき、私たちは出来事の再評価を実際に行い、記憶を修正していくのです。

 質問の中で、事故車が「当たった」と読んだときと「激突した」と読んだときとでは、私たちがイメージする事故の内容は変わります。そのイメージのなかで、割れたガラスが落ちていそうに感じるのはどちらでしょう。もちろん「激突した」ときでしょう。こうしてできた新しい解釈に沿うように、記憶の中に割れたガラスが挿入されていくのです。

 ロフタスたちは、この方法で、自分が事件に巻き込まれたとか、怪我をしたとか、かなり「深刻」で感情を伴うエピソードでも作れることを繰り返し明らかにしました。この事実は、犯罪捜査の現場で重要な意味を持ちます。誰かが、「確かに犯罪の現場でこの人を見た」と主張したとき、それは「確かな記憶」だと信じてよいのでしょうか。自白ですら、改変された記憶に依存していることがあることがわかっています。犯罪捜査において、物的証拠が重んじられるべき1つの大きな理由は、こうした心理学的な現象にもあるのです。

参考文献

Loftus, E. F., & Palmer, J. C. (1974). Reconstruction of automobile destruction: An example of the interaction between language and memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 13(5), 585-589.

J.ショウ 脳はなぜ都合よく記憶するのか:記憶科学が教える脳と人間の不思議 講談社