「みんな」と友達にはなれない理由 ① ーダンバー数と会話人数ー

執筆者:石黒格
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 私たちが関係を築き、維持できる人の数はなにによって決まると思いますか。たとえば、友達の人数。親友の人数。仲良くできる親戚やご近所さんの数。もちろん、様々な要因があります。外向的な人は、たくさんの人とつきあおうとします。オカネがなければ、つきあえる人の数は少なくなります。学校のように付き合いやすい同世代の人がたくさん集まっている場所に定期的に通うのは、友人を増やすのにも維持するのにも有利です。

 近年、ある種の「頭の良さ」が、付き合う人の数とかかわっていることが指摘されています。このような頭の良さは「社会的知性」と呼ばれます。社会的知性には、単に人の顔や名前を覚えることから、その人の感情や意図を読み取ること、その人とのこれまでの相互作用を覚えておくこと、身の回りの人たちが互いにどのような関係を持っているか(誰と誰が親しく、誰と誰が「敵」なのか)といった内容が含まれます。こうしたことができないと、学校や職場での人間関係が難しそうだ、というのはすぐにわかると思います。

 社会的知性には個人差があり、それが親しい関係の上限を定めていますが、同じ人間ですから、そもそも持てる社会的知性にも限界があります。そのため、私たちが持てる親しい関係の数は実は少なく、平均すると15人、特に親しい関係では5人程度でしかないと、進化心理学者のダンバーは主張しています。1年に1度くらいは話す程度の関係まで含めても、その数は150人程度にすぎません。この150という数は「ダンバー数」と呼ばれ、かなり有名になっていますが、親密な関係はこの1/10以下だということは、あまり知られていないようです。

 認知能力の限界がよく表れているのは、実は私たちが普段からしている日常会話の場面です。私たちはもはや自動的にできてしまうので気づきにくいですが、日常会話を円滑に営むというのは、とてつもなく複雑な作業です。相手の発言を聞き取り、言外の意味やこれまでの経緯までを含めて理解し、相手の気持ちを推測し、それに合わせて発言を作り、適切なタイミングで発言し、相手の反応を見て自分の発言の適切さを評価し、必要なら修正する(えーと、これで網羅できていますか?)。これをリアルタイムで延々と続けなければなりません。なんと面倒な。しかも、会話に参加する人数が増えると、この作業はすごい勢いで複雑になっていきます。

 人間は、会話をするように進化してきましたので、得意不得意はあっても、かなりのところ、この複雑な作業を自動的にやれています。それでも認知能力には限界があります。ダンバーたちは、会話している人たちが、何人のグループを作っているかを実際の場面で確かめています。単にグループのサイズと言うのであれば、その人数は10人を超えることもありました。しかし、「全員がその内容について発言している」という条件を付けると、つまり先に書いた面倒の作業をしている人だけに限定してカウントすると、この数が4まで減っていたのです。つまり、私たちが同時に会話できるのは、自分+3人までが限界ということです。

 これだけなら、単に人数が多いと距離が開いて、話がしにくいというだけのことかもしれません。しかし、会話の中身まで考慮すると話が変わります。別の研究では、ダンバーたちは私たちがよくやる誰かの噂話に注目しています。噂話をするときには、そばにいなくてもターゲットになっている人について思い浮かべ、会話に参加している人とターゲットとの関係を思い起こし、発言の内容を調整する必要があります。事実上、一人分の認知的負荷が余計にかかります。最近の研究で、ダンバーたちが会話の内容によって集計を分けたところ、噂話をしているときには会話グループの人数が少なくなっていました。その低下幅は、見事に一人分。認知能力が同時に会話できる人数を制約するという、ダンバーたちの仮説は見事に支持されたのです。

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参考文献

Krems, J. A., Dunbar, R. I. M., & Neuberg, S. L. (2016). Something to talk about: are conversation sizes constrained by mental modeling abilities? Evolution and Human Behavior, 37(6), 423-428.

R.ダンバー ことばの起源:猿の毛づくろい、人のゴシップ 青土社