社会心理学 ある日の授業風景 

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社会心理学とは、高名な社会心理学者の言葉を借りれば、社会的存在としての人間の心の性質を研究する学問(山岸, 2001)”と言えます。こうした社会心理学には、私たちが社会の中で経験する多くの問題がその射程に入ることになりますが、この講義では、その中でも集団現象(社会的影響過程、社会的交換、集団での問題解決・意思決定、心と文化の相互構成など)に焦点を当てています。そして「複雑さに挑む社会心理学(亀田・村田, 2010)」をテキストにしながら、そうした現象がいったいどのようなメカニズムで生じるのかを検討しています。特に「マイクロ‐マクロ関係」と「適応」という2つのキーワードを軸にして、自らの生存確率を高めようとする合理的な個人の判断が集積した結果として集団現象を捉えることを徹底しています。こうした視点を取ることで、時にとして(社会)心理学者が陥りがちな「曖昧な概念を用いたなんとなくの記述」に陥ることなく、科学的な集団現象に対する説明を構築することを目指しています。

例えばある回では、「社会的ジレンマ」について扱いました。現代社会は規範の維持やエネルギー資源枯渇の問題など、集団成員が少しずつコストを払うことで状況を維持・改善しようとしている問題が数多く存在しています。例えば、人々が自発的に交通ルールを守ったり、個人や企業レベルでエネルギーを節約したりできれば、こうした問題は解決とまではいかなくても、悪化を防ぐことができるかもしれません。しかしながら、集団成員一人ひとりの立場からすれば(例えば、あなた自身の立場からすれば)、クルマが来ていないなら赤信号でも渡ってしまえと思う場面もあるでしょうし、冷房を温度を下げて使う方が快適だと思うこともあるでしょう。かといって、私たち全員がどうした行動を取ると、規範は崩壊し、エネルギー資源は枯渇に向かうかもしれません。このように、個人の利得を高める選択(ルール違反、エネルギーの使用)と集団全体にとって利得の高い選択(ルールの遵守とエネルギーの節約)とが一致しない状況は、典型的な社会的ジレンマの状況であると言えます。言い換えれば「自分1人くらいは良いだろう」と思って多くの人が行動すると、集団全体の首を絞めることになるという状況です。


こうした社会的ジレンマ状況に陥る問題をどう解決できるのかというと、これはまったく簡単な話ではありません。「みんなで頑張ろう」といった具体性のないスローガンを掲げたところで、個人が利得を得る行動を放棄するほどの効力は期待できませんし、同様にいくら教育に力を入れても(「集団のことを考えて行動しよう」など)、社会的ジレンマ状況は簡単には解決しません。結局、ルール違反やエネルギーの使用といった選択が個人にとって利得が高いものである以上、そうした選択を抑制することは簡単ではありません


こうした問題を解決するための1つの方法が「制裁・罰」の導入です。個人にとって利得のある行動ばかりする人に罰を与えることで、その行動の利得を減らすわけです。実際に、私たちも罰則があると思うと、ルールを遵守しようとすることでしょう。現実社会では警察・検察・裁判所のような組織があることで、例えば法令を破るような人物を捕縛して、罰を与える制度が出来上がっています。ただしこうした制裁や罰による行動のコントロールも限界があります。例えば、極端なことを言えば、街中に警察官がいれば、犯罪に走る人やルールを破る人は大幅に減るはずです。しかしそうした多数の警察官に働いてもらうだけの資金を誰が払うのかという問題が起きるでしょうし(そのために、私たちが支払う税金を増大させてもよいでしょうか?)、あるいはルールを少しも破れない社会を窮屈に思う人も出てくることでしょう。したがって何か別の方法を利用する必要があります。現実社会を見てみると、私たちの心・行動に備わっている何か(正義や公正、互恵的利他主義など)を利用する方法がありますし、集団のための行動をした人が良い評判(賞など)を得るといったメカニズムも働いています。

 

また別の回では、“三人寄れば文殊の知恵”という言葉に代表されるような、多くの人が集まって問題に当たれば、個人では生み出せないような良い解決策が生まれてくるという私たちの信念について検討しました。確かに私たちは、何か重要な問題についてはよく集団で議論します。では本当に集団での話し合いは良い結果を生むのでしょうか。こうした問題を確率モデルをベースに検討しました。

このように社会心理学では、社会で見られる集団現象・人間行動について、科学的かつ論理的に解き明かす授業を展開しています。

 

引用文献
  • 亀田 達也・村田 光二 (2010). 複雑さに挑む社会心理学:適応エージェントとしての人間 [改訂版] 有斐閣
  • 山岸 俊男 (2001). 社会心理学キーワード(有斐閣双書 KEYWORD SERIES) 有斐閣